やりたいことが見つからない人の重大な勘違い

才能を発揮する

ずっと探してるのにやりたいことが見つからないやりたいことを見つけたいのに分からないという人はもしかしたら重大な勘違いをしているのかもしれません。

やりたいことが明確に見つかったら全てが解決するような感覚や、やりたいことは言葉にして説明できるような感覚はありますか?

ある人はその感覚がやりたいことを見つけるための壁になっている可能性があります。

よくある3つの勘違いと、勘違いを訂正してやりたいことをする自由な人生のために必要な3つの力をご紹介します。

勘違い1 「やりたいことを見つけた自分」という明確なゴールがある

「やりたいことを見つけた自分」ってどんなイメージでしょうか?

こんな状態だと思っていませんか?

  • これがやりたいことだと言葉にできる
  • ピンと来た明確な答えがある
  • やりたいことがなんでやりたいか説明できる
  • やりたいことをすることでどんな世界にしたいか説明できる
  • 自分だけの肩書きがある
  • 何かのプロフェッショナルである
  • ひとつの答えを見つけている

例えば、◯◯セラピスト、◯◯の専門家、特定の国での国際協力、◯◯のファシリテーター…

これを読んでがっかりしないでいただきたいのですが、そういう状態を思い浮かべているようでしたら、ちょっと違います。

実際はゴールに立ったのでも、答えを見つけたのでもないという感じです。

それだと分からない時と変わらないじゃん!と感じるかもしれません。

正確に言うとやりたいことが明確な人を外から見るのと、実際やりたいことが明確な人の実際の感覚とでは温度差があるということです。

じゃぁ、やりたいことがわかっている状態ってどんな状態なのでしょうか。

上記に当てはまる場合、やりたいことって予想よりも案外ぼんやりしています。

どういうことかというと形になるのに時間がかかるし、それは変化し続けるということです。

ネットの記事やテレビで特集されてる人を見ていいなぁなんて思いますが、その人たちだって最初からそうなったわけではなくて、ぼんやりしたものを積み重ねて、少しづつ修正しながら特集された形になったわけです。

そしてこれからもやり続けたらきっと形だって変わるし、もっとやりたいことに派生していく可能性があります。

だからやりたいことってなんだろうって思った時に特集されるような状態には急にならないし、ならなくていいのです。

そして今後も変わっていくのだから見つけた答えを一生続けるわけでもないです。

変化し続けていて、いつも途中なので本人としてはこれがゴールだと言えない感覚のことも多いかもしれません。

テレビの特集などは道の途中を切り取っているから明確なゴールにその人が立っているように見えるというだけのことです

やりたいことがある状態は明確な答えがあって説明できるゴールに立った状態ではなく、道の途中にいる感覚だということがひとつ目の勘違いです。

勘違い2 やりたいことを見つけたら、あとはうまくいく

やりたいことを見つけたらあとはやるだけです。

でも先にも書いた通りいつも道の途中なので少しづつ修正がかかります。

だからやりたいこと見つけただけでうまくいくと考えていると印象が違うかもしれません

例えば、お菓子を作り続けていると、本当に無理なく心地よく作れるお菓子はこういうお菓子だなぁと分かったり、パティシエしてたけど人に教えるお菓子教室のほうがより好きだとか、素材の生命力を感じるのが好きだからお料理もいいなとか少しづつ自己一致した方に移行していきます

移行期間があるので急に人に説明できる言葉になったり、形になってビジネスになったりしてうまくいくわけでもないです。

そして多少の不一致感はいつも内在しています

形になったとしても自分が成長していけばそれに合わせてやりたいこともできることも変化してくるからです

やりたいことの精度は上がるけど修正はし続けるのです

ギターが上手になればもう少し広いホールで演奏してみたくなる、そんな感じでしょうか。

うまくいく状態の理想が高いとこの修正期間や変化することがもどかしく感じると思います。

勘違い3 使命感や衝動がある

ネットやテレビだとこれを自分がやるべきなんだという使命感や絶対これがやりたい、たのしい!という衝動がクローズアップされたりしますが、実際にはそこはあまり重要ではありません

それがあると違うというわけではないのですが、ないから違うというわけでもないです。

続けるのって地味でつまらないし、常に使命に燃えたハイテンションな状態ではないです。

使命感や衝動というのは感情の結果です。

感情というのはいつも波立っていますが反応的なので状況に応じて感じる感情は異なります。

嫌なことがあればネガティブな感情を感じますし、使命感や衝動を常に感じることはないです。

使命感や衝動は一過性のものなので、その感覚に頼ってやりたいことを見つけようとすると、やりたいことをやりたい時とやりたくない時のムラができてしまって振り回されてしまうかもしれません。

ちなみに感情は自主的にクリアリングを進めてクリアになってくれば非常に穏やかな時間が長くなります。

それはポジティブな感情もネガティブな感情も一緒です。

だから使命感や衝動も自分がクリアになればなるほど、ゆるーく、こんなんでいいのか?くらいになっていくのです。

使命感や衝動はゆるくなりますが、クリアになった分、本音を繊細にキャッチできるようになるのでブレずにいられますし、やりたいことを感覚的に感じているので言葉にする必要もなくなります

ということで使命感や衝動が必須なわけではないです。

本来、目指す場所

じゃあやりたいことを見つけたいと思ったらどこを目指すのでしょうか?

本来目指す場所としては「ぼんやりとしているけど、これ以外にはない」と感じる感覚を見つけるという感じです。

自分のことになるとイメージしずらいかもしれませんが特集されるくらい形になっている人の特集される形になる前のややぼんやりした状態を目指していく感じです。

なんとなくこれやりたい、これが気になる、これが好き…でも「やりたいことはこれです!」ってはっきり言えない。

例えば料理するのは好き、でも物作りが好きなわけじゃないし、おもてなししたいわけでもお店を持ちたいわけでもないし、人には説明できないし、仕事にしたいかと言われると違うし、こんなんじゃビジネスにしようにもホームページも作れないし…このくらいぼんやりしていて大丈夫です。

じゃあ興味あればなんでもいいのかというわけでもなくて、そこは「これ以外にはないよね」という感覚があるかどうかが分かれ道です。

面白そうだなぁと思うことを見ていると結局ここに行き着いてしまう、という感じでしょうか。

「またこれ?結局これなの?」「いつも同じ答えでつまんない」なんて思うかもしれません。

つまんなくてもやっぱりこれしか…という感じでやり続けられることでもあると思います。

続けることってある意味つまらないじゃないですか。

初めて何かをする感動もないし、刺激もなくなってくるし、それでもこれなんだよなぁという感じです。

自分の心の声に耳を傾けつつ、この感覚を目指していくのです。

これがやりたいことを探す人生の終わりであり、やりたいことをする自由な人生の始まりの場所でもあります。

「やりたいことをする自由な人生」に必要な3つの力

人に伝えるほどかっこいい言葉にはならないけど結局これなんだよなぁっていう感覚を見つけるのに必要なのは「本音をキャッチする力」「キャッチしたものをそのまんまでいいと受け入れる力」「自分を信頼する力」の3つです。

本音はとても小さい声でかつ繊細です。

本当はどうしたいのかキャッチして、否定せずにそのまま受け入れること、すぐに形にならなくても人に説明できなくてもいつかたどり着くだろうという信頼感が重要になってきます。

やりたいことは実は無意識にもうすでにやっていることだったりします。

本当に不思議なのですが3つの力がないとそのことに気がつかないのですよね。

自己分析してもなかなかキャッチしずらい部分もあります。

でもやりたいことは心の中にちゃんとあります。

勘違いを訂正して3つの力でやりたいことをする自由な人生を手に入れましょう。

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