「やりたいことがわからない」私に必要だったのは努力の仕方を変えることだった

自分を生きる

「本当はやりたいことを見つけて、そこにエネルギーを注ぎたいのに…」

「自分にしかできないこと、夢中になれることがあればいいのに」

私は、やりたいことが見つからない人生の迷子でした。いつも、やりたいことをしてる人を眩しく見ていました。

「その答えさえわかれば何もいらないのになぁ」

なんて気持ちでした。

楽しくいろんなことができればいいのに、いつも考えてばっかりで、ぐるぐるした渦の中から抜けられなくなっていました。考えごとの沼にハマっている感じでした。

そんな私が「自分の道を見つけた。もう迷わない。」そう思えるようになった方法をシェアします。

状況に合わせて、やったらいいことは色々あります。

でも「これだけは絶対に欠かせない」そういうのがあるのに気がついたのです。

自分を生かして生きよう、自分らしい人生を描こうと思ったら必ず必要なのは、努力の仕方を変えることでした。

急に、人の心をパンに例えてみる。笑

今日は、結論を先に言おうと思います。

やりたいことを見つけるために必要なことは、自分を否定するのをやめることです。

わかりにくいと思うんで、人の心をパンに例えてみましょう。(急だけどね。笑)

パン屋さんにはいろんなパンがあります。

甘いのからしょっぱいのまで、ソフトなのからハード系まで、多種多様です。店によっても違いますね。ヴィーガンパン、米粉パンなど、こだわりのパンもあります。

同じように、人もいろんな人がいます。

パンには共通点があります。

重さで潰れることです。

どのパンも重たい皿を何枚も上から重ねたら潰れますよね。ペシャンコに潰しちゃったら、どんなパンでどんな特徴があるのかよくわかりません。お皿の数を増やして、潰せば潰すほどわからなくなります。むしろ、お皿でパンが見えないでしょうね。

人もそれと一緒です。

人の心を潰す重たいお皿は自己否定と呼ばれます。自己否定ってやつをどんどん上から重ねると、心はペシャンコ、自分がどんな人で何がやりたいのかわからなくなってしまうんです。

自分を知りたい、やりたいことを見つけたいって思ったら、何枚ものっているお皿をひとつひとつどけていくように、自己否定をひとつひとつやめていく必要があります。

パンを潰しているお皿「自己否定」

自己否定と言われて「あぁ、あれね!」って思う人ってあんまりいないかもしれません。

自己否定って、無意識にしているものだからです。それを見つけること自体が難しかったりするんですよね。

簡単にいうと、自分を変えなくちゃいけないとか、今のままでは良くないとかそういうなんとなくの感覚のことです。

実際には、そういう感覚よりもペシャンコに潰されている苦しさを感じる人も多いかもしれません。

無気力感や憂鬱、イライラ、不安など、毎日の些細なネガティブ感情や感覚です。

パンを潰し続けた私の自分探し

さて、なんで最初にこの話をしたかというと、私自身がお皿を上から一枚、また一枚と重ねていたからなんです。「どんなパンなんだろう??」って言いながら、お皿を重ねまくっていました。

しかも、それにずっと気がつかなかったんですよ!

自覚なしの無意識でした。

なんて残念なんでしょう。

具体的にはですね、やりたいことが見つからない自分に焦燥感を感じていました。

「なんでこんなに考えてんのにわかんないんだろう」って絶望したこともあったくらい。

やりたいことがある自分、毎日生き生きしている自分になりたかったです。その願い自体は全然悪くないです。前向きな願いですよね。

それを願うのと同時に、私は、そうじゃない自分を否定しました。現状そうなれない自分を受け入れられなかったんです。

「恥ずかしくて人に言えないなぁ」って感じでした。

「自分はこういう人ですってちゃんと自己紹介もできなければ、好きなことも言えないし、誇れる仕事をしているわけでもない…。」そう思うたび、私の心の上に重たいお皿がまた一枚のっかりました。

この感覚をなんて言えばいいんだろうなぁ…。

この道の先にやりたいことがあって、楽しそうで、周りとうまくやっていて…そういう自分がいて、自分の何かを変えればそういう自分になれる感じがしたんですよね。そういう自分になれば、欲しいものが手に入るんじゃないかって感じてました。

自分を変えよう、良くしようとする、でも、逆に変われない、良くならない…そんなイタチごっこを繰り返していました。

変わりたい気持ちと、どけられない皿の罠

変わろうとして変われない、よくなろうとすると逆によくなれないのなら、もうそれは一旦やめた方がいいんですよね。

パンとお皿で例えると簡単なことで、「パンの上にお皿を積んだら、どんどんパンは見えなくなっちゃうから、お皿積むのをやめた方がいいよね」「そうだ、そうだ!お皿をどけよう」って思えるんだけど、「よくなろうとするのをやめよう」ってなかなか思えませんでした。

だって、変わりたかったからです。

やりたいことがあって、自分の道を歩む生き生きとした自分になりたいって思いました。

「自分らしく社会と関わって、才能を発揮できたら…」思い描いては夢みたいだな、と思いました。このままずっと、手に入らない気がしました。

よく「自分に優しく」とか「自分を愛して」「どんな自分も受け入れて」とかいうじゃないですか、あれってお皿をどけること、自己否定をやめることそのものだと思うんです。

それがすぐにできたら、苦労しないんですよね。

「そんなの言われてすぐできたら、とっくにやってんだよ」って感じでしたよ、私は。笑

変わりたいと願う気持ちが、変わることを阻む

これが「やりたいことがわからない」を解決しようとするときの最大の罠だと思います。

変化の鍵になるもの

中にはお皿の重みをバネに、高速でお皿を片付けていくということもできます。パンとお皿に例えると逆にわかりにくいけど(笑)自分のことが嫌だって気持ち、変わりたいって気持ちを原動力に自己否定を軽減するための努力をするってことです。

最初はそれでもいいと思います。

自己否定をエネルギーにするのは、スピード感があるからです。

私も最初は「こうやったら、答えが見えるんじゃないか」「今の自分はダメだから変わろう」って自己否定を原動力にしてました。その努力は無駄じゃなかったです。でも、やっぱりどこかのタイミングで努力のベクトルを変える必要がありました。

このベクトルを変えることが、やりたいことを見つける鍵なんだと考えています。

自己否定をやめなければ、いくらお皿の枚数が減ったところで、パンは潰れたまま、自分の本来の姿もやりたいことも出てこないからです。

自己否定は「今の自分じゃダメだ」とか「変わらないといけない」とかそういった自分に対して否定的な想いです。

だからその逆で「今の自分でもいい」「変わらなくても自分にはこんないいところがある」って思えるようにしていくってことです。

ありのままを認めるって言葉にすると月並みなんだけど、ほんと、難しかったなぁ。

何かを努力することの何倍も、苦戦しました。

当時の自分には、「こんな自分でもいいや」って諦めるとか、「仕方ないよ」っていう言葉の方が近かったかもしれません。

当時を振り返って

このベクトルを変えることが鍵になることが、今なら本当によくわかるんです。

振り返ってみると、このベクトルを変えられた時に自分のやりたいことが格段にわかるようになりました。パンとお皿の例えだと、パンが見えてきたんですね。別の言葉で言うと自己一致です。

「ありのままを認めましょう」「自分に優しく」

とか言われれば

「じゃあ、それはどうやってやんの?」「ふわっと説明しないで!」

ってちょっとキレたり

いや、かなりキレてたか。笑

「どんな自分でもいいんだよ」

とか言われれば

「はぁ??」

ってなっていました。

言葉が頭上を通過していく感じで、全く響かなかったな。

変わろうと努力してきた私にとっては、ありのままを認める努力は真逆のベクトルの努力でした。パンの上にお皿をのせるのと、どかすのでは真逆ですからね…。

だから、なかなか、できなかった。

「もう、答えは見つからないのかなぁ」「でも、諦めたくない」って焦りと悲しみが混じった感覚になったり、無力感や絶望が胸をかすめました。

今、当時の自分に会えるなら、こう言うと思います。

ちゃんと進んでいるよ。

答えが見えるまでが長く感じるものだけど、ちゃんと答えが見えてくるよ。

自己否定が減ったら、本来の自分に出会えた人を自分を含めてたくさん見てきたからです。

これから自己否定を軽減させるアイデアや私の経験をシェアしていこうと思います。

やりたいことを真ん中に自分らしい人生を描きたい方の役に立てれば嬉しいです。

よければまた、見に来てくださいね。

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参考記事の紹介

自己否定を減らしてお皿を軽くする方法をご紹介した記事です。

「なんか自分はダメな気がする」「自分に自信がない」そんな時は何がダメなのか細分化すべし!

 

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